戦国時代にあったのぼり旗
戦国時代のイメージはやはり槍刀を持って背中にのぼりを差し戦う、
そんな姿が思い浮かぶでしょう。
今となっては広告のイメージが強いのぼりですが、
戦国時代ではどのような役割を担っていたのでしょうか。
実はのぼりは、生死を分ける大事なものだったのです。
敵味方入り乱れて行われる肉弾戦の中、
のぼりは敵味方を認識するための大事なツールでした。
そのように用いるわけですから、視認性がなければ採用は
されません。
武田信玄の「風林火山」はとくに有名ですが、
これは孫子の兵法からとったもので、武田信玄の知の高さを
うかがわせる広告としても役に立っていたのかもしれません。
のぼりに関する歴史の小噺に、第四次川中島の合戦があります。
このときのぼりは軍略・計に用いられていました。
武田信玄の戦略を見破った上杉謙信は、霧で視界が悪い中、奇襲を仕掛けようと接近してきた武田軍に対し、上杉軍は旗を立てかけたまま移動し、
あたかも気づいていないかのように見せかけ逆に奇襲を仕掛けました。
武田軍が上杉本陣についたときには、もぬけの殻でした。
これも、のぼりが相手方の象徴として捉えられていた背景があるが故の作戦と
言えるでしょう。今も昔も、のぼりは人の目を引くものであることに変わりはないのです。
戦国時代以降の活用法
古くから日本にあるのぼり。
戦国時代には合戦の戦略や軍のアピールなどに使われていましたが、
現在はもちろん広告で使われることがほとんどです。
街を歩けばお店の大売り出しやリニューアルなど様々な業種の宣伝に
のぼりが活用されていますが、街でも郊外でもよく目にするのが車に関連したのぼりです。
自動車の販売店、車の整備工場、ガソリンスタンドなど車に関連する
のぼりは店頭に複数本立ててあることが多く、車に乗っていてもよく目立ちます。
車ののぼり制作のポイント
車関連ののぼりで大事なのは、内容をスピーディーに伝えることです。
車の広告でターゲットとなるのは、車を持っている人とその家族です。
車に乗っている人が信号待ちをしている数分の短い間に
ハッキリと分かりやすく宣伝内容を伝えなければなりません。
たとえば「中古車販売 実績No.1」とか
「車検 無料出張サービス」などです。
また、認識しやすい色やデザイン、文言であることも大事です。
チラシなど広告制作で豊富な経験を持つ、ほっと広告では車専門のデザイナーズのぼり旗の
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